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2020.01.13
移動する中心|GAYAReport / Article |
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2015年から世田谷区内で収集・デジタル化した16時間分の8ミリフィルムを活用し、その時代を生きた人々のオーラル・ヒストリーをアーカイブするプロジェクト「移動する中心|GAYA」。その活動メンバー「サンデー・インタビュアーズ」の月例ワークショップ第1回が、12月22日(日)に開催されました[1]。会場は、旧池尻中学校の校舎をオフィスやレンタルスペースにリノベーションしたIID世田谷ものづくり学校。近隣には池尻小学校や世田谷公園があります。
今回は7名の参加者が集まり、最初の顔合わせの機会となりました。この日、取り組んだプログラムは「レモスコープ(remoscope)」。いくつかの簡単なルールを設けて日常の風景を映像で切り取る、句会のような「記録record」の遊びです。参加者一人ひとりにレモスコープの方法が掲載された冊子『ノコノコスコープのイロハ』とビデオカメラ、三脚が配られました[2]
GAYAの企画運営を務めるAHA!世話人の松本篤が最初に上映したのは、映画の父と称されるリュミエール兄弟の『工場の出口』(1895)。世界最初の映画として知られるこの映画のように、リュミエール兄弟が映画を撮った当時の条件を整理したものを、レモスコープでは「リュミエール・ルール」と呼んでいます。すなわち(1)固定カメラ、(2)ズームなし、(3)最長1分、(4)無加工、(5)無編集、(6)無音という6つの決まりごとです。参加者はビデオカメラと三脚を使って、思い思いの場所でリュミエール・ルールに則って撮影を行います。
「俳句に五、七、五や季語があるように、そのルールを通して風景を切り取ることで、それぞれの視点の違いが見えやすくなります。サンデーインタビュアーズでは誰かの話を聞きに行くことを目的としていますが、レモスコープによって見えてくる風景の切り取り方やそれぞれの視点は、インタビューをすることと密接に関係しています(松本)」
機材の扱い方の説明を受けたあとは、さっそく世田谷公園に撮影へ。参加者はそれぞれの場所に三脚を据え置き、風景をカメラに収めます。30分ほどで撮影を終え、ふたたび会場に戻ります。お気に入りのワンカットを選んだら、参加者全員で映像を囲んで鑑賞会の始まりです。参加者のみなさんはどんな映像を撮ったのでしょうか。
スクリーンに映し出されたのは、公園内の大きな噴水、撮影者が気に留めた公園内の銅像、思いがけずフレームインする親子──。映し出された約1分間の映像には、予想外の物語が生まれたり、普段は看過してしまうような小さな出来事が浮かび上がってきたり、どの映像にも小さな発見や驚きが散りばめられていました。切り取られた身近な風景から、参加者それぞれの着眼点の違いがはっきりと見えてくるようです。すべての映像を見終わったところで、松本は次のように話します。
「撮ろうと思ったものが狙い通り撮れることもありますし、被写体の思いがけない動きが結果的におもしろく映ることもあります。かならずしも撮りたい映像が撮れるわけではありません。レモスコープで風景を切り取ることと、『話を聞く』ことのあいだには、通底しているものがあるのではないでしょうか(松本)」
1回目の鑑賞会を終えたあとは、カメラを持って2度目の撮影に出掛けます。途中から雨が降り出し、公園内の人気はまばらに。寒空の下、傘を差しながらの撮影です。約30分の撮影を終え、再集合したら本日2度目の鑑賞会が始まります。
ふたたび映し出されたのは、降り始めた雨粒が染み込む木目のベンチ、ラジコンで遊ぶ子どもと父親、スマホで噴水を撮影する親子のやりとり──。映像を上映しながら語られる撮影者の語りは、映り込んでいる鳩のことや、画面の外側にいる子どもたちの会話、はたまた自分自身の思い出など、さまざまな話題に及びました。
「みなさんは、カメラの録画ボタンを押して『何か起きないかな』と期待して映像を撮っていたかもしれません。一見すると、受け身のような態度に見えますが、そこには風景とのやりとりが起きて、相互の対話があったのではないでしょうか(松本)」
サンデーインタビュアーズの取り組みのテーマは「ロスト・ジェネレーションによる『声』の採集」。本年度はその準備編です。今日のワークショップでは、映像の原理に立ち返って、映像とそこに帯びる声を参加者のみなさんとともに、ひとつの場のなかで共有しました。
昭和11年から58年のあいだに、世田谷区内の市井の人々が撮影したホームムービーを公開している『世田谷クロニクル』には、今日のレモスコープで参加者が撮影したような、公園での親子のやりとりや、子どもたちの遊びやレジャーなど、身近な世田谷の風景が数多く収められています[3]。「昭和の記録を手掛かりにしながら、ロスト・ジェネレーションの人々が、その時代を生きた人に話を聞くこと。それは自ら経験していない時代を、対話を通じて知ることでもあり、自分自身を知ることでもあります」と松本は締めくくりました。
鑑賞会のあと、参加者のみなさんはサンデーインタビュアーズに応募した動機とともに自己紹介を行いました。
──学芸員の仕事をしています。以前担当していた企画のなかで、双子どうしで結婚した人や、小学生の頃から50年近く日記をつけている人など、少し『変わった』エピソードを持つさまざまな人たちと出会い、話を聞かせていただくことがありました。その経験がとても楽しく、身近な人々のなかに隠れている、思いがけなく魅力的な話をまた聞きに行きたいなと思っています(オオウチさん)
──2年前に自宅を改築したときに、たまたま8ミリフィルムがでてきました。映写機がないので見られませんが、なんだか懐かしいなと思っています。いま仕事関係などで戦前からの映像やオーラルヒストリーの資料を扱っていて、人の関係性によって語りが変わることにも興味があります(ヤナガワさん)
──プロダクトデザインの会社で働いています。以前、製品開発の参考として、ある方の日記帳を見せてもらったんです。その人の生活の記録を、当時とぜんぜん違う状況で見ると、また違う感じで受け止められることがおもしろくて、その可能性に興味を持ちました(ヤマダさん)
──ウェブデザイナーとして働いています。たとえば相手が伝えようとしていることがあるとき、自分がそれをどう聞いたらいいのかわからないことがあります。自分も相手もお互いに信用できるような、そんなコミュニケーションの技術を学びたいなと思っています(タカハシさん)
──ものづくりの会社に勤めています。仕事でインタビューをすることがありますが、インタビューを違ったかたちで捉えているこの取り組みに興味を持ちました。それと、いま築80年の古民家に住んでいるのですが、老朽化してもうすぐ取り壊さなくてはなりません。「古いものがなくなっていくんだな」と思っていた矢先に、この募集に出会いました(タナカさん)
──TAMA映画フォーラムの実行委員を務めていたことがあり、ドキュメンタリーに興味があります。2018年に参加したアーツカウンシル東京のTARLのプログラムで、久保田テツさん(remo代表)のお話を聞きました。ドキュメンタリーにおける記録と演技の境目が気になっていて、映像と個人史の関係を掘り下げたいなと思っています(マエダさん)
──大学院でアートプロジェクトについて研究しています。アートプロジェクトの事務局を務めていたこともあり、アーカイブをどう残していくべきか、ということと同時にアーカイブそのものに興味を持ち始めました。私的な記録もつぶさに見れば、その時代の文化や人の営みが見えてきます。他の人のアーカイブの捉え方も共有したいと考えています(ムロウチさん)
インタビューの捉え方もその動機も人それぞれ。これからのワークショップを通して、声の採集のかたちが、さまざまな仕方で表れてくるのかもしれません。次回の定例ミーティングは「語り手を探す」をテーマに、ゲストをお招きして開催します。
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[1]……「移動する中心|GAYA」は東京都、アーツカウンシル東京、NPO法人remo、生活工房の共催事業です。
[2]……『ノコノコスコープのイロハ』はウェブサイトからPDFをダウンロードすることができます。
[3]……『世田谷クロニクル1936-83』は2015年に開始したデジタルアーカイブプロジェクト「穴アーカイブ」(主催:公益財団法人せたがや文化財団 生活工房)の一環として、およそ30名の方々から提供された84巻のホームムービーを閲覧できるウェブサイト。
レポート=水野雄太[AHA!]
posted on 2020.06.06