サンデー・インタビュアーズ

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わたしの場合

たにぐちひろき

たにぐちひろき2022年度メンバー

1989年生まれ。2008年に福岡県から上京し、2021年から世田谷区に在住。東京の街並みの変化や、社会の流れのなかで個人個人がどのように過ごしてきたのかに関心を抱く。世田谷の街は住みやすくて気に入っているが、近所に知り合いが少なく、地域との繋がりは希薄だと感じている。

2022年度の〈きく〉

No.31『東京転勤』01:34No.31『東京転勤』01:34

映っているのはいまの世田谷とはまったく違う田園風景。フィルムに映る家族が東京に引っ越す前に住んでいたのは、福岡の大牟田は炭鉱(三井三池炭鉱)によって栄えた街だった。調べてみると、昭和30年代当時の日本は石炭から石油へのエネルギー転換が起こり始め、大牟田の炭鉱もかつての経営のように安泰ではなくなってきた頃だ。激しい労働争議が起こり、労働者たちの大規模なストライキや激しい暴動、作業船をつかった「海戦」まで勃発していたという。おそらく経営側に近い立場だった父親は、相当な苦労を強いられていたのではないか。こうしか過程を知ると、過酷な現場から離れ、世田谷でのびのびと家族の時間を過ごすことのできたこの東京転勤は、父親にとってよい転機になったのではないかと思えてくる。発展していた地方都市と田園が残る東京という、かつての日本の姿を知ることで、東京と地方、都市と農村の関係について考えるきっかけになった。

ワークショップを振り返って

「なぜ人が映像を撮ろうとするのか」「撮影者は何を映そうとしたのか、何を思いながら撮影していたのか」ということを考えることが多かったように思います。特にマスメディアの映像では、撮影者の感情や意図が表出しないように作られている物が多く、また撮影対象や撮影手法、編集も定式化されていることが多くあります。いままではそれを当たり前として見ていて、「映像とはそもそもこういうものだ」という思い込みのようなものが、無意識のうちに自分のなかに作られていたことに、ワークショップで撮影者や撮影対象の背景に考えを巡らせるなかで気づきました。