サンデー・インタビュアーズ

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わたしの場合

八木寛之

八木寛之2021年度メンバー

1981年生まれ。生まれも育ちも関西。現在は神戸の大学で社会学の教員を務める。ある時、三軒茶屋のキャロットタワーの展望台で見た、多摩丘陵へひろがる「のっぺりとした」市街地をみて、めまいのような感覚に陥ったことが印象に残っている。

印象的だったワンシーン

No.29『京王プール』00:42

No.29『京王プール』00:42
準備体操をしている男性の背筋がたくましい。この世代の男性は戦争を経験していたんじゃないかと思うと、体操や身体を鍛錬することの意味が今とは違って見えてくるような気がします。子どもの頃、私も映像に写っているような市民プールに行った思い出がありますが、映像ではおばあちゃんが和服を着ていたりして、その登場人物が自分の記憶と違っていて、不思議な感覚を覚えます。撮影日の翌朝(1961年8月14日)の新聞にはこんな見出しがありました。「人気よぶ湾内航路 海のシーズンで大詰め賑わい」、「メタンガスで人夫4人死ぬ 工事穴に落ち込む 日本橋高速道路の現場で」、「暑い日曜ドライブ事故多発」。

ワークショップを振り返って

橋本倫史さんのドキュメント第5回(下北沢の映像の回)では、坪内祐三さんの文章を引いて「(そこに住んでいる人)以外の通りがかりの人たちも多くいる場、それが街だ」と書かれていました。私は社会学の視点から地域を調べているので、そこにいる人たちの社会関係(家族・親族や地域、職場のつながりなど)を想像したりすることがあります。「世田谷クロニクル」の映像はほとんどホームムービーなので、家族や友人などの親密な関係が写っています。世田谷は昔から住んでいる「その土地の人」だけでなく、いろんなところから来た人が住み(そして出ていく)90万人の「街」です。そこにはその数だけの人生がある。地域の住民ではない私たちが、誰かのホームムービーを見ながら下北沢という街について話すとき、街に対する距離感とか、個人的な話が出てきた。そんなワークショップの場面が印象に残っています。